
こんにちは、本店スタッフです。
ありがたいことに、出張へ行かせてもらえることになり約2年ぶりに大都会TOKYOの地を踏んできました。
1日目に仕事を終えて、2日目からの自由時間をどうするかと、考えた時に
原宿へ行ってカラフルなお菓子を食べるほど若くもなく…
秋葉原や中野へ行ってサブカルを堪能するほどオタクでもなく…
少しずつ増やしてきた「行きたい場所リスト」は寺・神社・お墓ばかり。
そんな私の東京旅行記を数回に分けてご紹介いたします。
まずは、リストの上位にいたお地蔵様に会いに行きました。
港区高輪の光福寺さんです。
品川駅から歩いている途中で中国人のおじいさんに「高野山 東京別院」への道を聞かれ、Googleマップで調べると光福寺のほぼ隣だったので一緒に歩いて行きました。徳を積みましたね。
東京別院も興味がありましたが、私の目的は光福寺の幽霊地蔵様に会うことです。
なんで幽霊と呼ばれるようになったのかというと、このような言い伝えがあるからです。
- 江戸時代。光福寺近くの飴屋さんに毎晩赤ちゃんを連れた若い女性が買い物に来ていました。
雨が降っていても傘を差さずにやって来るので、不思議に思った飴屋の店主が女性の後をそっとついて行きました。
女性が光福寺の中に入って行くのを見た店主は、今度はお寺の住職と一緒に女性の後をついて行きました。
するとお地蔵様の前で、女性の姿は消えました。
住職はそのお地蔵様を毎日供養すると、それからパッタリと女性が現れなくなりました。
これが幽霊地蔵様のお姿です。
先ほどの女性の幽霊のお話とは別に、このようにお地蔵様自体が風化してしまってまるで幽霊のような姿になっています。
また、品川沖からあがったと言われるこのお地蔵様が、亡くなった母親の代わりに子どもを育てたという伝承もあります。
なので、本来は子供が丈夫に育つように見守ってくださる子安地蔵様なのです。
幽霊地蔵様の向かいには開運稲荷。お願い事をして、お墓を見て帰りました。
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あ、ちなみにこれは品川区大井にある光福寺さんです。
ここがどうしたのかって?
名前が一緒なので間違えて行ってきました!
いやいや、品川駅を経由する点や近からず遠からずの絶妙な距離だったので、本当に中に入るまで気づきませんでした。
こちらの光福寺さんには、大井の地名の由来となった井戸があるそうです。私は後から知ったので見れていません。もし間違えて行ってしまっても、どうか井戸だけは見て帰ってください。
次回も、お地蔵様に会いに行きます。